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石のパワーには全く鈍いKURO@管理人が、
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「極める!佐野史郎のなぞの石学」

先日、「極める!佐野史郎のなぞの石学」という番組がありました。
もちろん、見ましたとも!
「石学」なんてわくわくしたタイトルを付けられたら、見ないわけにはいきません。
私としてはサッカーのワールドカップより優先度はですぞ。

で、感想ですが。

今流行のパワーストーンと、古代の「パワーストーン」を一直線に結びつけてしまうのはちょっと違和感がある感じです。
縄文の人々は石に神が宿るのだと感じていた、現在、パワーストーンとして石に惹かれるのも縄文の精神が息づいているからかもしれない……といわれても。
どうして石に神が宿ると感じていたのかというあたりを、もうちょっと掘り下げてもらいたかった感じです。

個人的には、同じく古代人が信じた石であっても磐座と勾玉は微妙に違う……という気がします。
いや、同じなのかな。

なぜ、古代人は石に神が宿ると信じたか。
私なりに考えてみたところでは、ここで「神」……といってしまった時点でズレが生じているような気がしています。
神様というと、神社で柏手を打ってお参りし、「神様、お願いします……」「○○祈願」という感じです。
その「神様」と、古代人が石に宿ると感じた「神」は、多分違うと思います。

考えたキー・ワードは「自分(人間)が持たない(持てない)もの」「自由にならないもの」
「持てない」というのは、持ち上げられないという意味ではありません。
「自由にならない」と合わせて、人間では不可能、人間を超えた大きな力、という意味です。

モノは「大きい」というだけで「存在感」という力を持ちます。
そして石は「不動」「不朽」です。
本当は長い長い年月の内に石も風化していきますが、人間の一生を単位とする時間では「変わらない」ものです。

人は生まれ、そして死んでいく。
四季のはっきりしている日本では、時間とともに風景は移り変わる。
雨が多いので、倒れた木々は腐り土に帰っていく
しかし(大きな)石は、変わらずそこに在る

……それは、在り続ける力を持っているということです。

そしてそれは、人間が持ち得ないもの(力)。
そういう力を持つものを人は特別なものと見なし、「カミ」と呼ぶようになったのではないでしょうか。

一方、磐座と石つながりで一緒くたにされてしまった感がある勾玉は、私の中ではちょっと違います。

「自分(人間)が持たない(持てない)もの」「自由にならないもの」というキーワードは共通しているんですが、人が手を加えて作った形である勾玉には、人間の自由にはならないその力が「欲しい」という意思が関わっているように思われます。

勾玉の形の由来には、胎児説、獣の牙・角説、月の形説、割れた大珠(たいしゅ)のかけら説……と色々あって定かではありません。
個人的には、かなりの想像コミで「胎児」と考えます。
果たして古代人がそれを見る機会があったのか、あったとしてそれが成長して赤ん坊になると理解できていたのかという点が疑問ではあるのですが……なぜ、胎児と考えたかというと、それが、これから生まれる命の形だから。

生まれたばかりの赤ん坊~三歳児くらいまでを「嬰児(みどりご)」といいます。
生まれたばかりの幼い子供は、新芽や若葉のように生命力にあふれていることからそう呼ばれるのだとも、「緑」という言葉そのものが、もともとは色(グリーン)ではなく、生命力にあふれる生き生きとしたものを表す言葉だったのだとも言われます。(例:緑の黒髪=若い女性のつやつやとして美しい髪のこと)

そして勾玉と言われて思い浮かべるのが、緑の翡翠の勾玉。

四季の国・日本では、春もまたはっきりしています。寒い冬を経て一斉に新芽が芽吹くそのようすは、古代の人にも生命力を……木々をみるみるうちに変えていく力を、芽吹いたものが命の糧になることを実感させたに違いありません。
つまり、つやつやと輝く緑はその象徴でもあります。

その色=力を、「いつまでも変わらない」力を持つ石で、命の形に作り、それを身に着ける。
(緑の石でなくても同じ意味でしょう)
それは、命の力をとどめ、我がものにしたいと願ったからではないでしょうか。

自然石である磐座が、力を持つ大いなるものであるなら、勾玉はそのかけらを身に着けて力を得ようとする願い。


あ……磐座の感覚はパワーストーンよりパワースポットに近いかも。
そして勾玉は……パワーストーン……といえるだろうか。

私は、これも一筋縄ではいかないと思ってます。

なぜなら、現代人である私たちは、古代人が信じた「カミ(力/ちから)」を感じるすべを無くして……あるいは忘れてしまったのかもしれないからです。

パワーストーンやパワースポットを語る際、「スピリチュアル」という言葉が用いられます。

スピリチュアルとは「霊性」を表すスピリチュアリティに由来するのだとか、現代的には「より幸せに生きる力」なんだとかいろいろ難しい説明がなされていますが、ごく簡単に言ってしまえば「見えない力を感じる/信じること」ではないでしょうか。
科学という考え方では説明しきれない、機械では計測できない、心に働きかける「何か」。
そういうものがあるような気がする……それをスピリチュアルというのだと。

でも……
「私は、パワーストーンのパワーを信じてます」
「こんな不思議なことがありました」
「パワーストーンで効果ありました」
……私、これは全部が全部、スピリチュアルではない……言えないと思ってます、実は。
偉そうなことを言って、ではおまえは感じるのかと言われたら、とても感じるとは言えないですが、スピリチュアルとは……心に働きかける何かを感じるとはこういうことだろうな、と想像してみます。

「見えない力を感じる/信じること」とは、「これこれこういうことだよ」と人が言ったことを信じることではないと思うんですね。ずばり言ってしまえば「この石にはこんな効果がある」という誰かが言った石の意味を信じることは、スピリチュアルとはちょっと違う。

たとえば古代においてもシャーマンのような人が中心になって祭祀を行っていたでしょうが、そのシャーマンが「この大岩は神であるぞよ」と言ったから人々がそれはすごいと信仰したのではなくて、岩を見てこれは他と違う、この大きさ、形、だたものではない、他にはない何か言うに言われぬ力があるはずだ……という共通認識がまずあって、シャーマンがその思いをまとめ、祭司を行った……のだと思うのです。

人々が特別視し祭司を行うことで、その岩は磐座となり、人々はそこに宿る、あるいはそこに降りる神を思い、想像し、想像することでその姿を、力を作り上げていく。
それが、スピリチュアルじゃないかなあ……。

でも、科学という考え方を手に入れ、いろいろなことが説明されていることに慣れ親しんでしまった私たちは、スピリチュアルな考え方に不慣れだと思います。

パワーストーンの効果は科学の考え方とは違うことはわかっているはずなのに、たとえば
「パワーストーンって本当に効果があるんですか」
「ブレスレットで水晶1個より2個の方が効果は倍になるのか」
……効果があるか、統計を取って証明しようと言うのでしょうか。
水晶一粒で×1、2粒で×2。5粒だったら効果は5倍。効果をどう測るのかという以前に、個数と比例するようなものが、石の効果だというのでしょうか。

「ラピスラズリを持ったら試練がありました」「だったら持つのをやめます」
「○○と△△の相性はどうでしょうか」
……誰かが言ったことを丸飲みにすることは「信じる」ではないでしょう。

「~してもいいんですか」「怖いです」
……怖がるんだったらやめておきましょうよ。

こんなパワーストーンでは、私はスピリチュアルだとは思えないし、磐座や勾玉の直系の子孫だとも思えないのです。

パワースポットも同じで、言ったその場所で何かを感じ、あるいは感動し「パワースポットだ」ともうのは理解できても、有名なヒーラーが……あるいは誰かが「パワースポット」だと言ったから行ってみて、なるほどすごいというのはちょっと違うような気がします。

たとえば美術館で有名な絵画を見たとして、まず、その絵を見て「おおッ」と思うのと、タイトルや作家名を見、解説を読んでから……さらにはこの絵は●億の価値が……なんて聞いてから「すごいなあ」と見るのでは、やはり違うと思いませんか。
解説を読んでからの方が、絵の理解は深まりますが……。
つい、解説を読んでから絵を見る人が多くないですか?

うーん、説明されることになれてしまっているのか、そういうもの(まず意味あり、説明あり、正しい方法はこれと決まっている)だと思いこんでいるのか。

うまくまとまりません。

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KURO@虚空座標

Author:KURO@虚空座標
水晶好き、ものづくり好き、石の写真好き。
石好きのきっかけはパワーストーンですが、現在は鉱物としても興味を持っている中間派。
石に関するあれこれいろいろ、気の向くままに書いてみます。

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